ユーイングリッシュ代表(講師・翻訳者)英語学習コラム

  3つのC(正確・明確・簡潔)による日英技術翻訳 

第13回【注意したい日本語―「存在する」「抑制する」】

 日英翻訳で最も大切なことは、日本語が意図している内容を、その都度しっかりと考えながら訳すことです。そして文脈に応じて、3C(Correct, Clear, Concise)に沿った英語で説明することが大切です。直訳されがちな日本語のうち、今回は、「存在する」と「抑制する」について説明します。

かっこいい表現「存在」の英訳existは不要

 まず、日英翻訳の現状を把握するために、「存在する」を表すexistを使って訳された英語の文章を見てみましょう。

<日英翻訳の現状>

Technology referred to as dual threshold voltage/power supply voltage exists as a design method for lowering LSI power consumption. △
(米国特許文書より抜粋)

解説:exists as a design method(設計方法として存在している)の部分が英語として不自然。またビッグワードexistが英文中で目立ち、読みづらくなっている。このような英文が実際に現場に多く出ている。

 この英文の元には、例えば次のような日本語があったことが、容易に推測できます。

<元になったと推測される日本語>

LSIの消費電力を下げる設計方法として、二重閾値電圧・電力供給電圧と呼ばれる技術が存在する

解説:特に問題の無い、ありがちな日本語。

 上の英文を、existを使わずにリライトしてみます。また使用単語は変えず、他の冗長部分も取り除いておきます。

リライト案:
Dual threshold voltage/power supply voltage is one design method that can lower LSI power consumption. ○

解説:XX is one design method(設計方法の一つである。)のようにスッキリと書くことで、自然な英文に。少しの変更で、英語らしく、読みやすい表現になる。

次に、別の例として、「存在する」を含む日本語(例1、例2)と、ありがちな英訳、そしてそのリライト案を見てみましょう。

<例1>

同期情報内の14Tの位置おいて、常に同一のデータが書き込まれる場所が存在してしまう。

ありがちな英訳:
An area in which the same data is always written will exist in the synchronization information at its 14T position. ×

解説:「informationの中にareaがexistする」という状況がイメージできない。existを使わずに表現するべき。

リライト案:
→同期情報内の14Tの位置において常に同一のデータが書き込まれてしまう。
→同期情報は、その14Tの位置に、常に同一のデータを有してしまう。
(日本語をまずリライト)
The synchronization information will always have the same value at its 14T position.

解説:日本語自体をまずリライトして、それから英訳し直しても良い。主語を工夫することで、英文のexistを削除できる場合がある。

<例2>

設定した機能制限が適応できない場合が存在してしまう。

ありがちな英訳:
There exist cases in which the set limitations can fail to apply. △

解説:「場合が存在する」を直訳した英文。間違っていないが、長い。

リライト案:
In some cases, the set limitations can fail to apply.

解説:簡単に書くことで、読み手の負担を減らす。ビッグワードexistは不要。

「存在する」のPOINT:

  • 和文の「存在する」は、訳す必要があるかどうか、少し立ち止まって考える。不要ならば削除。またはexistを使わずに簡単な表現で訳す。

意外に難しい「抑制する」の英訳

 次に、日英翻訳の中で、なんとなくしっくりこないと感じている表現の1つに、「抑制する」を英訳したsuppressがあります。「抑制する」に対する英訳suppressは、日本人翻訳者のみならず、ネイティブ翻訳者の訳文にも、見られることがあります。ネイティブ翻訳者にも使用が見られるにもかかわらず、私個人は、「なんとなくしっくりこない」と感じてしまいます。そのように感じる表現に出会った場合、調べて納得をしてから、使うのか使わないのか、自身の立場を決めると良いでしょう。

英英辞書の定義を見てみましょう

<suppressの辞書の定義(Collins COBUILDより)>

1. If someone in authority suppresses an activity, they prevent it from continuing, by using force or making it illegal.
2. If a natural friction or reaction of your body is suppressed, it is stopped, for example by drugs or illness.
3. If you suppress your feelings or reactions, you do not express them, even though you might want to.

解説:1.では「(デモなどを)鎮圧する」、2では「(反応などを)阻害する、阻止する」、3では「(感情などを)押し殺す」といった内容が定義されている。

 これらの辞書の定義を見ると、英単語suppressは、「上から押さえつける」というイメージを持っていることが感じられます。
 一方、技術文書の和文にでてくる「抑制する」は、「上から押さえつける」といった意味だけでなく、もっと広い文脈、または異なるニュアンスにて使われていることが多いと思います。

 日本語「抑制する」を使った例文を見てみましょう。

<例文>

今回の射出成形方法によると、樹脂材料の糸引き現象を抑制することができる。

解説:ありがちな「抑制」の使用例。「防ぐ」「減らす」といった意味で使われている。

ありがちな英訳:
The newly developed injection molding method suppresses stringing of the resin material. △

解説:suppressは,「起こりそうな現象を上から押さえつける」,というニュアンス。「糸引き現象を抑制する」にsuppressを使用すると、間違いではないけれど、なんとなくしっくりこない。

 上の英文を、suppressを使わずにリライトしてみます。次のように、3つのリライト案が考えられます。

リライト案1~3:
案1 The newly developed injection molding method prevents stringing of the resin material.
案2 The newly developed injection molding method reduces stringing of the resin material.
案3 The newly developed injection molding method prevents or reduces stringing of the resin material.
またはThe newly developed injection molding method eliminates or reduces stringing of the resin material.

解説:suppressへの解決法の一つとして、単純に「起こることを防ぐ」を表すpreventに置き換えられる場合がある(案1)。または、「現象を縮小する」を表すreduceも使用可能(案2)。原文の「抑制する」をこれらのいずれか一方で表せる場合には、これらを使うと便利。
 原文の「抑制する」が「防いだり(無くしたり)縮小したりする」を意図している場合には、このpreventとreduceの組み合わせ、またはeliminate(無くす)とreduceの組み合わせが可能(案3)。

「抑制する」のPOINT

  • 「抑制する」の英訳には、prevent (起らないようにする)、reduce (減らす)、eliminate (無くす)、のうちいずれかの単体または組み合わせから、和文の意図に合わせて単語を選ぶと良い。
  • なんとなくしっくりこない英単語suppressの使用を避けて、”prevent”または”reduce”といった、意味を把握できる単語を使うと、自信を持って、明確に書ける。一つの動詞で和文の意図を表しきれない場合には、”prevent or reduce”や”eliminate or reduce”のように英語の動詞二つを使って意味を明示しても良い。

正確・明確に書くために―ビックワードを避ける・自分の言葉で丁寧に説明する

 「存在する」に対応するexistのようなビッグワードは、読み手の負担を増やしてしまいます。技術的に難解になりがちな技術文書では、他の部分では、できるだけ読み手の負担を減らすことが大切です。また「抑制する」に対応するsuppressは、この単語が持つ「上から押さえる」感覚が、和文「抑制する」が表したい内容にそぐわない場合があります。知っている範囲内の自分の言葉を使って、しっかりと、丁寧に、説明することが大切です。より良い表現、読み手がより楽な表現を探し求める努力により、正確・明確に書くことができます。

【注意したい日本語―「存在する」「抑制する」】のPOINT

  • 「存在する」はビッグワードexistを避け、簡単シンプルな構文・表現にて書く。「抑制する」は文脈に応じ、知っている言葉を使って訳し込む。それぞれよく目にする対訳existとsuppressを避け、自分の言葉を使って丁寧に説明する努力が、スキルアップにつながる