ユー・イングリッシュ

ユー・イングリッシュ 中山裕木子 ブログ

会社を設立してから、「人」と関わる機会が増えました。

 

私自身は「一人が好き」で始めた翻訳という仕事でしたが、いつのまにか、自分は「一人」ではなく、本当に色々な人に支えられながら、ここまで過ごしてきたことに、気づいています。

 

20代、30代前半、一人で必死で走ってきた、という感覚から、今は、必死で走ってきたら、まわりには「手」を差し伸べてくれる人が何人もいたり、また「人」でなくても、一人でもがいていたら、「手」を差し伸べてくれる不思議な大きな力があった、というような感覚に、だんだん、変わりました。

 

手を差し伸べてくださる方々、それから、助けてくれる不思議な大きな力にも、心より、感謝をしています。

 

そのようなわけで、「知人も友人もいない」、という孤独だった過去の自分は、(今も心は孤独であることには変わりないのですが)、色々な人と接する機会に、恵まれるようになりました。

 

「人」と接する中、気づくことが、あります。

 

伸びていく人は、「まっすぐである」、ということです。

 

「まっすぐ」

 

つまり、目的や目標に向かって、「まっすぐ」、進んでいるのです。

 

そこには、いつでも、素直に「受け入れる心」があります。

 

目の前に来ること、何を頼んでも、迷わない、断らない、のです。

 

「はい、やります。」、と即決。

 

「はい、やってみます。」

 

そこには、「出来ないかもしれない」という姿は見えず、「努力したら出来る」、という、前向きな、姿勢があります。

 

「誰でもはじめから出来る人なんていない」という事実を認めることは、自分の「出来ない」部分を素直に認め、それを克服するために「努力宣言」をすることでもあるのです。

 

「はい、やります。」「はい、やってみます。」それは、「努力宣言」。

 

逆に、「私には出来ない」という答えを選択することは、一見、謙虚に見えて、実は、そうではないのかもしれないと、最近、気づきつつあります。

 

つまり、「自分に出来ること」と「出来ないこと」をはっきりと区別している、つまり「自分にはこれが出来る」という認識が強いからこそ、「それは出来ません」という選択をすることに、なるのかもしれません。

 

(このことは、実は自分にも当てはまり、先日「出来ないんです」と答えたら、「出来るでしょう?」とニヤニヤしながらおっしゃった、お客さまがいました。そのとき、自分は本当に「出来ない」と思っていたのですが、しかし考えてみると、「出来ない」のではなく「あまりしたくない」、と無意識に考えていたのかもしれません。お客様はすべて、お見通しでした。傲慢な自分に、ハッとしました。)

 

 

ですから、「私には出来ない」という選択は、「やれば出来るのは分かっているけれど、大変そう、時間がかかりそう、割に合わなさそう」、という類のストップがかかっているのかもしれない、と、少々厳しいですけれど、そんな風に、考えるに至りました。

 

 

そう、そんな風に結論づけるほど、「はい!やってみます!」という、まぶしく、そしてまっすぐな人たちに、最近、少しずつではありますが、巡り会うことができているのです。

 

とても、ありがたいことです。

 

 

そして仕事について、思っていること。

 

自分にぴったり合う天職にたまたま巡り合えるなど、非常に、少ない可能性だと思うのです。

そのことが到来するのを待つよりも、今目の前にあること、それを愛し、力を注ぐ、そうすれば、徐々に目の前のことが、自分の天職へと、変わっていくのではないかな、と思っています。

 

「はい、やります。」

「はい!やってみます!」

 

そんな心を持ち続け、進化し続けたいと考える、まっすぐな心の方々に感銘を受けながら、私も再び、襟を正しました。

 

何歳になっても、またキャリアを重ねても、同じ。

 

「はい。やってみます。」

 

そんな「やわらか」で「まっすぐ」な心を私も思い出し、私も、頼んでくださること、自分の持てる何かが他の人の役に立つことであるのであれば、なんでも、やってみようと思います。

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