翻訳という作業は、「日本語を英語にする」、つまりwritingの工程がすべてのように、思いがちです。
工業製品と比較すると、製品を「組み立てて作成する」という過程だけが、「翻訳」という製品を作るにあたってのメイン作業であるようにとらえてしまいがちです。
その結果、「翻訳して(=書いて)、終わり。納品。」ということが、あるのではないかと思います。
「工業製品」を作るときには、「組み立てて作成して終わり、出荷。」、ということは、ないはずです。
製品を作る前には、製品のユーザを分析し、綿密な計画を立て、試作を行い、試作品をテストするでしょう。
そのような過程を経て完成した製品は、出荷し、流通すればそれで終わり、ではなく、流通した後も、今後のさらなる改良のために、ユーザのフィードバックを得る努力をするでしょう。
ところが、「文書の作成(翻訳含む)」となると、そういった手順を想定することなく、書き手が計画せずに書き始め、短期間で書き上げてしまい、それで終わり、ということがあると思います。
しかし翻訳という商品にも、工業製品1つを仕上げるときに相応するような過程が必要であると、考えています。
工業製品の作成工程:
- User analysis
- Design
- Production
- Testing
- Shipment
- Review based on feedback, and improvement
(*個人的な定義をしています。)
翻訳製品の作成工程:
- Reader analysis
- Planning
- Writing
- Testing
- Submission
- Review based on feedback, and improvement
(*こちらも同様に個人的な定義です。)
ユー・イングリッシュの製品の一つは、「翻訳文」です。
ユー・イングリッシュでは、上の工程をきっちりと踏んだ「翻訳製品」へと仕上げることを目指します。
現在は、工程3.~6.には、力を入れることができていると思います。
特に3. Writingでは、執筆+複数回のリライト、4. Testingでは、複数名による多観点からのチェック(testing)を、実施しています。
また、6. も、品質改善を目指して、できる限りの努力をしています。
現在は、1.Reader Analysisと2. Planningの部分が、弱いと感じていますので、この部分を強化できるよう、努力していきたいと思っています。
1.と2.について、具体的には、1.では読み手に応じた用語の抽出、また、「読み手のために書いている」、ということについての翻訳担当者の意識の向上、などがあげられるでしょうか。
2.では、明細書の全体像を把握して翻訳にあたれるよう、補足資料を事前にとりまとめて翻訳担当者に提示することや、または、現実問題としては、2. Planningにあたる工程を3. Writingの後に移動して、事後的に、翻訳担当者が「この明細書の発明のポイントは、こうである」、という技術の内容と、そして「翻訳にあたっては、この点が難しかった」という英語表現上でのポイントの両方をプレゼンテーション(説明)できるようにする、といったことを、考えています。
なお、2. Planningを3. Writingの後にまわす理由は、私たちの仕事は「文書の執筆」ではなく「文書の翻訳」である、という性質上、文書の中身をPlanningすることは、できないためです。ですから内容のPlanningというよりは、内容の事後確認、というようになるかもしれません。
さて、実際に品質が落ちてしまうのは、上記1~6のいずれかの工程が欠けた、またはいずれかの工程が手薄になったとき、であることを、十分に、理解をしています。
万が一そのようなことが生じた場合、原因工程を特定し、詳細な原因の究明と、早期の対策を講じる必要があります。
また、万が一そのようなことが生じた場合には、1~6を再度本気で見直し、それに沿った「案件のやり直し」が必須です。
この「技術文書の作成にあたり、1つの工業製品」を作成するのと同じ過程を踏む必要がある」、という考えは、十数年前に出合い、感銘を受けたアイディアです。
拙著「技術系英文ライティング教本」(2009年)にも、その基礎について、書きました。
早い時期にこのアイディアを知ることができたのは、大変、幸運でした。
現在は、私自身は、実際に「会社の製品」としての「翻訳」に、この過程を適応することについて、試行錯誤を繰り返しながら、理想に近づけるよう、努力しています。
本日翻訳文のリライト中、また「特許翻訳はドキドキする」という感覚が生じていたとき、なぜこんなに自分は「特許翻訳」を「好き」と感じるのかを、自分で分析していて、この「過程」のことに、想いが達しました。
私個人は、過去にいろいろなことが苦手で、器用なほうではなかったため、この「きちんと過程を踏めば、特殊な能力がなくても、できる」、「鍛錬、練習、そしてきちんとした理論にそって、過程を踏むことが重要」、という点こそが、私が特許翻訳を好きになった理由なのではないか、ということを、思い出していました。
そんなことを思い出しながら、いかにユー・イングリッシュの翻訳品質を安定させ、高めていくか、ということを、今日は、深く考えていました。
今年は本気で、その基盤作りに、取り組みたいと考えています。
各工程に関わってくださっている方々に、心より、感謝しています。
各人が必ず持っている、その人だけの「強み」。
それをそれぞれが、生かしてくださっていると感じ、信頼しています。
また私の2ヶ月前からの「呼びかけ(ブログ)」に応答してくださった新しい協力者の方々にも、とても感謝と期待をしています。
よろしくお願いいたします。